走古丹や標津線の廃線跡を巡る – 初の根室中標津空港へ!北海道の東側を巡るドライブ旅行:2日目

2024年の旅行記
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おはようございます。昨晩はオーロラを見られなくて残念。今朝は風連湖を見るのがメインにしつつ、標津線の廃線跡を巡ってくることに。天気はあんまり良くないけども、廃線跡なら雨が降らなければ良いかなという感じ。

標茶駅から標津線の廃線跡を巡ってきた - 初の根室中標津空港へ!北海道の東側を巡るドライブ旅行:1日目
野付半島を見ようとしたけど、天気が悪いので標津線の廃線跡を巡ってきました。

中標津から根室標津までの廃線跡を巡ってきた

昨日巡ってこられなかった中標津から根室標津までの廃線跡。ぐるっと回って行こうかなと思ったけども、後から時間が無いと困るので早朝から移動することに。でも朝5時起きは眠い……。

バスターミナルに生まれ変わった「中標津駅跡」

現在はバスターミナルとなっている「中標津」駅跡。最終的に戻ってくるから良いかな……とは思いつつ、最後に時間が無くて行けなかった!みたいな状況も考えられるので、時間があるうちにやってきました。

バスターミナルの中には標津線の廃線代替となっているバス路線が掲載されています。しかしこの廃止代替バスもどんどん廃止されているような状況で、ホントに移動するには自家用が無いと困る時代は目前かもしれません。

軍事路線が分岐していた「東標津信号場」

駅跡ではないけども、太平洋戦争中は標津港からの物資を旧海軍標津第一飛行場(現在の中標津空港)へと運ぶための引き込み線が、この辺りにあった「東標津信号場」から分かれていました。奥に標津線の線路があったようですが、今となっては痕跡もわかりません。

映画のロケ地にもなった「上武佐駅跡」

高倉健が主演した映画「遙かなる山の呼び声」のロケ地としても使われた「上武佐」駅跡。ロケ地であったことを示す看板が設置されています。

駅跡には当時の写真が展示されていました。何もないよりはこうして看板だけでも残っていると嬉しくなります。

とはいえ、駅の跡地には建物も何も残っていません。でも映画の中で当時の映像が残り続けているだけ、廃線跡の中では良かったのかもしれない。

キハ22形が保存されている「川北駅跡」

西春別駅跡と同じく、キハ22形が静態保存されている「川北」駅跡です。新たに作られた駅名標と共に、ここに「標津線」が走っていた記憶を残しています。

車両は定期的にイベントなどで使われているようで、車内を覗くとファンヒーターなどが置いてありました。でも当時の座席などが残っていないのは残念。

反対側にあるバスの待合室。当時の駅舎を模して造られたと記されていました。

転車台が残る「根室標津駅跡」

泊まっている宿からもほど近い「根室標津」駅跡。ここまで鉄路が伸びていたことに驚きも感じます。この辺りが駅だったようだけど、こちら側には痕跡は何も残っていません。

一方で南側には、転車台が残されている他、SLが静態保存されています。置いてある「根室標津駅」の文字は当時の物なのでしょうか。

転車台は放置されているのではなく管理されているため、状態も良好。今でも普通に使えそうな雰囲気です。

横を見ると当時のものと思われる線路が残されていました。最近掘り出して見つかったようです。

横には「標津町みどころ30選」として根室標津駅が紹介。廃線跡がみどころってのも、なんだか寂しいけどね。

設置されている看板には、標津線の歴史が記録されています。っと中央に気になる写真がありますね。

標津線が全線開業した昭和12年10月30日の写真だそうです。廃線時の写真はよく見るけども、開業時の写真ってかなり貴重な気がする。記録していた人はすばらしい。

転車台の横に置いてあるSLは、C11形蒸気機関車。昭和50年まで標津線で運行されていた車両です。

すぐ横にあるこれは、給水塔の跡地でしょうか。

駐車場の手前には「国後島の見える駅」という看板。これは当時からあったのかもしれない。

鮭や目玉焼きなど、品数豊富な朝食

朝食です。焼き鮭や目玉焼き、いんげんのごま和えにほうれんそうのお浸しなど、朝食らしいラインナップが並びます。毎日こういうバランスの取れた食事が取れれば健康的な生活が送れそう。ごちそうさまでした。

それでは出発。お世話になりました。

走古丹の先端に行って来た

前々から行ってみたいなと思っていたのが、春国岱の逆側にある走古丹の先端。根室側から行くとかなり時間が掛かることもあって、今まで行けてなかったんだよね。今回は時間を取ったので、満を持して行ってきます。

道路を走っているとシカが登場。北海道ではあるあるだけど、こっち見てないで行くか戻るかしてほしい。

先端に行く前に、近くにあった風蓮湖畔公園に寄り道。天気が良ければ絶景なのかもしれないけども、今日の天候ではグレーな景色に。

でも近くでかわいいネコちゃんを発見できたので、これはこれで良しとしましょう。

途中の分岐点まで戻って先端へと向かいます。道中にはこのような砂が溜まっている部分もあり、前に通った車の所を通らないとタイヤが取られ、最悪空転してしまうなんてこともあり得る。もし無理そうなら引き返すのも手です。

結局天気がこれだから仕方ないんだけど、先端だからすごい景色が見られるというわけでもなさそう。でも反対側に春国岱が見えるし、来て見たかったから来れて良かった。

細い陸地には湿地のようになっている部分も。下手に踏み込むと足を取られそうで怖い。

標津線(支線)の廃線跡を巡る

風連湖も無事に見られたことだし、この先は厚床駅から中標津駅までを結んでいた「標津線」の支線を巡ります。昨日は本線で今日は支線。2日で巡ってしまえそうです。

根室本線の駅として残る「厚床駅」

最初にやってきたのは、根室本線の駅として残る「厚床」駅。標津線の運行当時は、この駅から中標津方面へと分岐していました。

厚床駅の2番線ホームは青春18きっぷのポスターにも用いられたホーム。今は立ち入り禁止となっているので、ベンチも置物状態に。

駅前の看板には標津線の廃線跡が「フットパス」のコースとして利用されているなど、当時の標津線の情報と現状が記されています。

厚床駅から中標津空港までを結ぶバス路線。停車する停留所こそ違うものの、中標津に行くということであれば廃止代替バスともいえる路線です。

明郷 伊藤☆牧場でソフトクリームを食べてきた

車を走らせていると「牧場」と「ソフトクリーム」という文字。北海道に来たら1回はソフトクリームを食べたいなと思っていたので食べに来ました。ソフトクリームの他に、ハンバーガーなどの食事も買えるみたいです。

こちらがソフトクリーム(430円)。なめらかな食感でミルクの味もしっかり感じられる美味しいソフトクリーム。やっぱり牧場で食べるのは一味違います。

風連川に掛かる「風連川鉄橋」

道路の近くを走っていた標津線。こうして路面が残っている部分も多く、本線よりも支線の方が廃線跡巡りがはかどります。

でもこうして立入禁止になっている部分と、自由に通れるようになっている場所の違いは何なのだろうか。所有者が違うってのが濃厚だけど、登記とか調べてみないとはっきりしたことは不明。

ここは風連川。厚床駅で書かれていた風連川鉄橋を眺めることができます。車で降りられそうな道はあったけど、ぬかるみで詰みそうだったので手前に停めて徒歩で。のどかな光景が広がります。

駅舎や線路が残る「奥行臼駅跡」

厚床駅の隣駅だった「奥行臼」駅跡に到着。ここは標津線の廃線跡では唯一、駅舎が当時のまま残されている貴重な廃線跡。

ピーチで行く釧路~根室をレンタカーで巡るグルメ旅:3日目
今日は最終日。別海を経由して釧路空港へと戻る行程です~!

以前来た時には営業期間外で入れなかったけど、今回は入口が解放されていて入れそう。そういえば前回は土砂降りが降ってたなぁと調べてみたら2022年に来ていました。もう2年も前で時の流れが怖い。

駅舎の中は営業当時の様子がそのまま残され、一昔前をモチーフにしたドラマなどで見かけるような光景が広がっています。廃線当時にはモータリゼーションも進んでいたとは思いますが、まだこの頃は旅情があったように感じる。正直北海道はまだしも、ネット販売ばっかり押し進めるJRに段々旅情を感じなくなってきているし。

普通列車の運賃表。この駅ではなく泉川駅に設置されていたものだそうです。最短ルートの運賃だと思うけど、当時の経路ってどうだったのかなと想像するだけで楽しい。

当時の駅員室は施錠されていて入れませんが、今日は町の職員?が来て作業をしていました。辺りは昭和なのにテーブルだけ令和の様相で面白いことになっている。

駅舎だけではなく、ホームや線路もそのまま残されています。夏場にはトロッコ列車が運行されるみたいで、実際に線路の上で乗車することができるようです。一度くらい体験してみたいけど、夏に北海道ってあんまり来ないんだよなぁ。

斜めになって朽ちてきている駅名標。ライトのようなものがあるけど、営業当時は夜に光っていたのかな。

駅に入る線路。線路の状態を見てしまえば廃線なのはわかるけど、ここまできれいに残っていると列車が走って来るんじゃないかという錯覚を覚えます。

森林に向かっていく線路。「線路は続くよどこまでも」なんて口ずさみたくなる光景です。ふと奥の方から光が見えて……なんてことがあったら怖い(笑)。

駅舎の隣に設置されている解説看板。春別駅から移設した共同浴場ってどこにあるんだろうとキョロキョロ。

少し離れたところにポツンと佇む小屋がそれらしい。中を覗いてみたらボイラーが見えました。

「村営軌道風連線」の車両も展示されている

奥行臼駅の裏手には、村営軌道風連線の跡も残されています。こちらは標津線よりも早い昭和46年に廃止。

展示されているのは当時運行されていた機関車の他、牛乳を運んでいたゴンドラ車。

さらにレールバスです。先ほど奥行臼駅に居た人に聞いた話、ここに保存されている車両を動かそうという計画があるみたいで、今後クラウドファンディングも実施する予定なんだとか。まずは「エンジンを探さないと」と話していたけど、実現して動いてる姿を見てみたい。

併設の食堂が「ていしゃば」なのは意味がある?「別海駅跡」

今は別海町観光協会などが入る「交流館ぷらと」となっている「別海」駅跡。記録する碑などは無いけども、併設されている中華料理店の名前が「ていしゃば」となっていて、別海駅の跡だからとそうしているのかも。

別海駅には遺構は残っていないけど、少し手前に鉄橋が遊歩道として再利用されている場所があります。整備されているので今でもきれいな状態。

近くには桜が満開。関東ではとっくに終わっている桜だけど、北海道では今が見頃です。

森林の中にホームが残る「平糸駅跡」

別海の市街地を越えて、次は「平糸」駅跡です。この駅も住民の嘆願で作られた駅だそうで、現在でもホームが残されています。

道路から見るとかなり先。当時がどうだったのかわからないけど、なんでこんな場所に駅を作ったの?って疑問に思う位置関係です。

森林の中にひっそりとホームが残ります。場所柄「ヒグマ」の危険があるとのことで、見学の際にはヒグマ対策を行ってくださいと注意書きが書いてありました。

以前は壊れかけの待合室が残っていたみたいだけど、今は解体されて残っていませんでした。横に転がっている木材が痕跡でしょうか。

ホームから別海方面を眺めます。今にも列車がきそうな廃線跡もあるけども、ここはもう二度と来ないというのが見てわかってしまうのが悲しい。

でもSFとかだと、こういうホームで待っていると浮かんだ列車がやってきたりしそうな雰囲気ではある。でも実際に待ってると来る可能性があるのは「シカ」とか「ヒグマ」だろうけどね。

しかしホント、当時はどうやって駅にアプローチしていたのかが謎。おそらくこの方角から駅に来ていたとは思うんだけどなぁ。

遊歩道として鉄橋が残る「春別駅跡」

「西春別春別停車場線」を辿るとたどり着く春別駅。もう西春別駅も無いし、春別駅も無くなってしまったけども、道の名前は「停車場線」から変わることはありません。

駅の手前には、遊歩道として使用されている鉄橋が残されています。別海駅近くのよりも朽ちた感じが廃線跡っぽい。

鉄橋の上は木で道が作られていて、自由に通行することが可能。でもちょっと木材の耐久性が心配であるけど。踏み抜いたら怖い。

橋の上からは春別川を眺められます。のんびり流れる川を眺めていると、都会の喧騒を忘れてしまいそう。こんな場所で幼少期を過ごすなんて経験もしたかったなぁ。

先ほどの鉄橋の手前には広場があるのだけど、何故か1つのサッカーボールが放置されていました。廃線となった線路とともに写真を撮ると、ちょっと淋しげな物語を語っているようです。

さて、こちらが「春別」駅跡です。現在は「中春別ヘルスパーク」という健康公園のようになっていて、当時の遺構などは残されていません。

ここで一旦休憩。春別駅跡近くにあるセイコーマートでアイスコーヒーを買ってみました。セイコーマートのコーヒーって店によって機械がバラバラなのは何でなんだろう。

アイスコーヒー(100円)です。関東で飲んだものよりも苦さが控えめな気がするのは気のせいかな。ちなみにホットだとカフェオレができるみたいだけど、アイスカフェオレはないらしい。

「標津線」の名前が残る跨線橋

春別駅から中標津方面に進むと「別海跨線橋」という橋があります。線路を跨ぐから「跨線橋」なんだけど、もう跨ぐ線路はありません。

この橋が出来たのは昭和43年。当時は標津線が運行されていたので、橋には「標津線」と記載が残されています。恐らく修繕などはしているんだろうけど、撤去されずに残されているのは嬉しい。

ところで、道の看板は「別海跨線橋」と書いてあるけど、橋には「中春別跨線橋」と記載が。一体どっちが正しいんでしょうね。

跨線橋から眺める廃線跡。このあたりは道が整備されているようなので、車で走ることもできそうです。

痕跡が残ってない「協和駅跡」

標津線の廃線跡の最後となった「協和」駅跡。この道が廃線跡で、横にホームがあったらしいけども痕跡は全く残っていません。この道を進むとさっきの跨線橋に出るのかもしれないけど、あんまり状態も良くないので進むのは危ないかも。

協和駅の時点で13時過ぎになり、思ったよりも余裕がなくなってしまったのでガソリンを入れて空港へ。途中のスーパーで納豆を買ったのは良いけども、買おうとしてたどん兵衛を買い忘れてしまったことに後で気づくなど。

根室中標津空港から羽田空港へ帰還

朝は濃霧で飛行機の運行が心配だったけども、戻ってきたら霧も晴れて運行への支障はなし。無事に羽田空港へと帰れそうです。

行きと同じくプレミアムクラス。2日前にアップグレードをして、セール運賃+7,000円で予約できました。

根室中標津空港から羽田空港まで – ANA/NH378便

昨日来たのに、なんだかかなり長い期間いたような錯覚を覚える滞在でした。天気には恵まれなかったけども、標津線の廃線跡を巡って満足できる2日間。宿の食事も美味しかったので、また機械があったら泊まりに来たい。

展望デッキには何人もの人がお見送りに来ていました。なんだか私が見送られてるようで良い気分。

座席はプレミアムクラスなのでゆったり。でも行きに比べて旧型の機体だったため、リクライニングがボタンではなく手動だったりと見劣りを感じます。根室中標津は1便しか無いから選びようがないけど、多く運行される路線では機種を確認しておくと幸せになれそう。

シートピッチは広々。根室中標津やオホーツク紋別・稚内のような場所で追加7,000円ならば悪くないんじゃないかと思う。

足を思いっきり伸ばしても前の人に迷惑はかかりません。え、足が短いだけだって?

リクライニングの操作レバー。押しながら体重移動するとリクライニングとかできるんだけど、ちょっと慣れが必要な仕組みです。

そしてなぜかパソコン電源が使えなかった。まあ空港に着いたら充電はできるし、飛行中にバッテリー切れにはならないから良いんだけどね。

しばらくすると機内食が運ばれてきました。ドリンクは行きと同じくトマトジュースをオーダー。

メニューは行きとは異なっており、桜海老とふきのご飯におぼろ豆腐の鶏そぼろ餡、チキンと長芋のサラダに牛肉伊達巻寿司と手毬寿司など。どれも絶妙な味付けで美味しい。ごちそうさまでした。

埼玉県の上空を通って羽田空港へとアプローチ。ふと窓の外を見ていると、遠くに飛行機が見えます。

同じタイミングで着陸しようとしている飛行機のようで、ずっと同じ速度で羽田空港へと向かっています。着陸する飛行機を機内から見るという、ちょっと珍しい光景を見ることができました。

無事に羽田空港に着陸。ちょっと遅れていて16時55分くらいでした。こうなると焦るのが17時20分から予約していた足湯カフェ。ちょっとギリギリかもしれない。

「足湯カフェ&ボディケア LUCK」で足を休めながらケーキを食べる

目的地の「足湯カフェ&ボディケア LUCK」があるのは、ANAとは異なる第1ターミナル。なのでターミナル間を行き来する無料連絡バスで移動します。

ちょっと場所がわかりにくかったけども無事に到着。ここはプライオリティパスを使うことでマッサージや足湯を無料(か追加料金を支払って長い時間)で受けることができるお店です。

今回はマッサージの空きがなかったのでハーブティーとケーキを食べながら足湯を楽しめるコース。いろいろ選べるハーブティーの中で、今回は「デトックスティー」を選択。肌がきれいになるかな。

ケーキを食べながらハーブティーを味わいます。そしてテーブルの下には足湯の装置があり、ゆったりと足湯を楽しむことができます。また、コンセントもあってスマートフォンの充電も可能。これが無料で体験できるのはプライオリティパスを持っててよかったなと思う。

しかしパソコンで作業をするには水が多すぎて不便なので、40分くらい滞在してからラウンジへ移動。全然書けていなかったブログを必死に書くお仕事です。放置すると何日も後回しにしてしまうので、早くやっておきたいんだよね。

結局閉店時間まで滞在。さて、おうちに帰りましょう。

根室や知床にも行きやすい「根室中標津空港」

「根室中標津空港」に行きたい!と、空港についた時点で目的達成のような今回の旅行。女満別空港とたんちょう釧路空港の間に位置する空港で、知床や根室、釧路湿原や阿寒湖などの観光地にも行きやすい立地……なのにあんまり知名度がないのが残念。

トヨタレンタカーしかないオホーツク紋別空港に比べると、多くのレンタカー屋さんがあって価格競争も行われているので、比較的レンタカーも安価に予約できました。道東の旅行をするときに「女満別空港やたんちょう釧路空港では移動距離が長い」と感じたら、根室中標津空港のことを思い出してみてください。

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