あいにくの天気だったけど、佐渡の近代遺跡と金山を見てきた|初の佐渡島へ行く2泊3日旅行:2日目

2023年の旅行記
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おはようございます。今日は佐渡島2日目なのですが、天候は今日も雨模様。明日からは晴れるっていう嫌がらせみたいな一日です。とはいえ何もしないのも面白くないので、そんなに天気に左右されなさそうな場所を巡って新潟市内に戻りたいなと思います。

宿でおいしい食事に舌つづみ|初の佐渡島へ行く2泊3日旅行:1日目
佐渡島に始めていくのに雨だよ〜〜〜〜〜〜〜!!

佐渡島の幸がたっぷりの朝食

今回のプランは2食付きなのて朝食を食べてきました。夕食に引き続き朝食も佐渡島で採れた海藻などを利用した品々がラインナップ。

魚はサバの煮付けでした。このサバも佐渡島産のサバ。なんか大体の食べ物が佐渡島で採れてるような……。自給率高そうです。

昨晩ごはんを5杯も食べたからか、朝は結構多めにおひつにご飯が入ってました。でもペロッと食べ切れるほどの美味しいご飯。新潟のお米の美味しさを身にしみて感じた2食でした。ごちそうさまです〜!

食事を食べたら少しゆったりしてチェックアウト。今度は1階の部屋にも泊まってみたいなと思った2日間でした。

雨の佐渡島を散策

佐渡島は新潟市内に比べると天候の回復が早く、雨はもう小康状態でした。でも晴れ間があるわけでもなくて厚い雲に覆われているのには変わらない状況なので、展望などは全く期待でき無さそうなのが残念。

鉱山関連の施設が残る「北沢浮遊選鉱場」

最初に訪れたのは、尖閣荘からもほど近い「北沢浮遊選鉱場」という場所。ここは佐渡の鉱山で発掘された金銀の鉱石を浮遊選鉱法という方法で鉱石から鉱物を取り出していた施設です。

全ての施設が残されているわけではありませんが、多くの施設が当時のまま残されている光景は圧巻の場所。当時は東洋一の大きさと称されていたようです。

一番目立つ大きな建物が北沢浮遊選鉱場。今の時期は草に覆われて緑色になっていますが、冬場になれば元々の外壁を見ることもできます。

近づいてみるとかなりの大きさに圧倒されます。そんな光景から「佐渡のラピュタ」とも呼ばれることもある施設です。

隣にあるレンガ造りの建物は発電所だったようです。こういう佇まいの建物は明治時代という雰囲気がしますね。

先ほどの北沢浮遊選鉱場を背にすると、草原が広がっています。ここには以前工場がたくさん立っていたらしく、左奥にある建造物は工場の一部だったものの残りみたいです。当時の建物が残ってたら良かったなぁ。

奥に残されていたのは「キューポラ」と呼ばれ、金属を高温で溶かす施設でした。別名「溶銑炉」とも呼ばれています。

奥にある大きな丸い形状の施設は「50mシックナー」と呼ばれる直径50mにも及ぶシックナーという施設です。

この巨大な施設は不純物の混ざった水を不純物と水に分離する施設。分離した水は選鉱場で再利用し、当時の水不足に対応していた模様です。こうやって近くに見るとまるで要塞のようにも見えますね。

昭和の拘置所がそのまま残る「旧相川拘置支所」

続けてやってきたのは、なんだか入口が鉄格子になっていて物々しい雰囲気の「旧相川拘置支所」という、昭和29年から昭和47年までの16年間使用されていた拘置支所の跡地です。当時の木造の拘置支所がそのまま残されている珍しい場所で、国の有形文化財にも登録されています。

普段は無人ですが、無料で内部を見学することができます。駐車場は一応数台程度止めるスペースがありますが、道が狭いので通行の邪魔にならないように止めましょう。

裏手を見ると窓に鉄格子が架けられています。それもそのはずで、この「拘置支所」というのは逮捕されて罪が確定するまでの「被告人」が収容される場所です。要は罪人(未確定)を収容する場所なので、脱走などの恐れが無いように窓にも鉄格子が掛かっているというわけです。

床はコンクリート、壁もコンクリートか木という無機質な空間。でもあんまり内部は物々しい雰囲気は感じませんね。

奥にあるのは被告人たちが収監されていた部屋。居房棟と呼ばれた場所で、1人部屋と3名部屋があり、最大で18名が収容できる場所だったようです。

こちらが3人定員の部屋。比較的広いような印象も受けますが、3人が常に生活すると考えると広々とは言えない広さに思えます。奥の四角い部屋はトイレのようですね。部屋が丸見えなので、トイレしている時も他の収容人に見え見えというのは結構きついかも。

続いては奥の独居房です。なんだか収容所というとこっちの方が印象が大きいですね。

内部はこんな感じ。3畳ほどのスペースで、周囲の壁もあることから圧迫感はかなりあったものと思われます。

奥には水道とトイレがあったようです。基本的に用事がない時には部屋からは出られなかったんでしょうね。

独居房にはヤカンや湯呑などの備品が設置されていたようで、これは個数の確認票でしょうか。当時のものと思われる張り紙が残されていました。

居房棟の入口辺りに設置されていた雑居房。炊事を行う受刑者が準備を行っていたほか、ベッドなどを置いて町の医者が診療を行う医務室としても利用されていたみたいです。

居房棟の入口にある四角いのはお風呂だったようです。狭くない……?と思いますが、当時の収容者にとっては数少ない楽しみだったんでしょうね。やっぱりお風呂で体をさっぱりさせるのは気分が良いですし。

こちらは炊事場。ガスなどではなく薪をくべるかまどがあったようで、火加減などの調整が大変そうです。お米が有名な新潟ですが、当時は米は特別な日にしか出なかったと書いてありました。

他の部屋には当時のものと思われる椅子や金庫の他、シンナーの空き瓶が残されていました。シンナーって何に使ってたんでしょうね。

一時期は公民館のように使っていたのでしょうか?古い集会所と書かれた看板の上に事務室と書かれています。特に机などの設備が残っているわけではないのが残念ですが、何故か中央に椅子がポツンとおいてありました。なんだろうこれ。

最後に面会室。ここは被告人と面会者が直接話ができる場所です。面会者と被告人の間には金網が張られており、目の前にいるけど遠い存在に思える場所だったのでしょう。

なかなか実際に使われていた拘置支所というのを見学できる場所も多くないと思いますが、当時のリアルが残されている貴重な施設です。佐渡島に来て時間があったらぜひ見に来てみてください。でも「見学」はしたいけど「収容」はされたくないね。

世界遺産に登録なるか、佐渡金山を見学してきた

雨でも見学できる場所……!ということで最後にやってきたのは佐渡でも有名な観光地である佐渡金山。江戸時代から昭和という400年にわたって金が掘られ続けた金山です。見学ルートは江戸自体の採掘を再現したBルート(宗太夫坑)と明治以降の近代採掘を見られるCルート(道遊坑)があります。

各ルートは1,000円となっていますが、2つのルートを両方見られるAルートを購入すると500円引きの1,500円で双方を巡ることができます。今回は時間が無かったので、江戸自体の手掘りを見られるBルートを見てくることに。

入口からは寒い風が流れてきます。地下水が多い場所ということもあって、坑内の温度は10度前後。石炭鉱山のように暑くは無いのですが、底冷えのような気温の低さというのは結構きつそうな労働環境です。

佐渡金山の年表と、年代ごとの産出量がグラフで書かれています。こうみると江戸時代はは急激な産出量の増加は無かったようで平均的な量が産出されていたようですが、明治に入ると近代化で機械が導入されたのか、急激に増加しています。でも昭和15年をピークに減っているのは、掘りつくしちゃったのかもしれません。

金の採掘の敵は地下水だったようで、水上輪と呼ばれるポンプで坑内の水を排出していたようです。この先でも出てきますが、とにかく地下水を出すのが一番の重労働だったとか。

佐渡金山の地盤は強固だったので、あまり落盤事故というリスクは多くなかったようです。とはいえ万が一の事故を防ぐために、危険な場所にはクリ材やナラ材を用いて補強作業を行っていました。その作業を行っていたのが山留大工と呼ばれる人たちです。

先ほども水の排出の話は出ていましたが、坑道が深くなればなるほど湧き出す地下水の量も多くなっていたようです。最終的には手作業で水を排出するという途方もない重労働が行われていたようで、そのような仕事には無宿人と呼ばれる宗門人別改帳(今でいう戸籍謄本)から除名された人が従事させられていました。

その横に展示されているのは、実際に金などを採掘していた金穿大工向けの休息所。坑道での仕事の中でも優遇されていたようですが、やはり過酷な仕事ということもあって短命な人が多かったのだとか。

この薄暗い穴は狸穴と呼ばれる坑道。こんな狭い場所に潜ってまで鉱脈をさがしていたんですね。

こちらは実際の採掘作業の様子を再現しています。今でこそ照明によって明るく照らされていますが、江戸自体はどうだったのでしょう。あまり火を起こしても酸素が不足しそうだけど、さすがに真っ暗では作業もできないだろうし。

実際にはまだまだ金はあったのですが、江戸自体に作られた鉱脈からは徐々に取れる金が減っていたようで、一度捨てた鉱石を再度回収して金を採取していたようです。そこまでしても採りたい素材が金だったんですね。

間歩(採掘坑)開きの祝いの様子です。背後に金銀を多く含んだ鉱脈を発見したときの様子で、それを祝って佐渡金山に伝わる祭礼「やわらぎ」が行われています。

坑道を出ると、資料館につながっています。ここでは当時の金の採掘から小判の鋳造の流れなどの展示の他、小判の原寸大の模型が展示されています。なんか一枚くらい財布に入れておきたい。

そしてこれは実際に佐渡島で発掘鋳造された佐渡小判と佐渡一分金。サンプルではなく現物の小判ですが、江戸時代から残っているとは思えないほどの綺麗な輝きです。現在の価値だといくらするんだろう……。

そしてここのメインとも呼べる展示がこれ。時価総額として1億円越え!の本物の金塊を自由に触ることができるようになっています。

金は密度が高い金属ということもあり、このサイズで重さは12キロもあります。そしてこの金塊をあの小さな穴から30秒以内に取り出すことができれば……!記念のカードがもらえるようです。(さすがに金塊はもらえない)

実際にチャレンジしてみましたが、そもそも重すぎて穴に持っていくだけでも精一杯。腕を鍛えるか、細くして両手を入れるかのどっちかをしないと無理そうです。なおベタベタ金を触っていると、手のひらに純金がくっつきます。それだけでも1円くらいの価値はあるかもしれませんよ。

絶景スポットに来ても何も見えなかった

佐渡金山を後にして両津港に向かう途中に通ったのが白雲台。ここは佐渡島の中でも絶景スポットとして有名な場所で、Googleマップにも多くの写真が掲載されています。

しかし完全に予測できた未来ですが、曇りに霧で全然見えません。海どころか50m先すら危ういような状況です。

別角度もこんな有様。いやわかってたんだけどね。こんな光景を見に来たんですよ(負け惜しみ)

白雲台から下る道は知床横断道路か?と思うような霧模様。少し先すら見えない状況で、カーブに注意しながら下りました。ぶつかったりしなくて良かったです。

そういえば今日は旧相川拘置支所を出た辺りから車に違和感。というのも大きなムカデ!!!が車内にウロウロしており、定期的にこんにちわしてきました。そのたびに「ヒィ」という声を上げてしまっていたのですが、白雲台への道でバトルして無事に山へお返し。噛まれなくて良かったです。

定期便がない静かな空港「佐渡空港」

山を降りて港に行く前に寄り道したのが佐渡空港。佐渡に空港なんてあったの?と思う人も居るかもしれませんが、あるけど就航している空路が無いんです。人口は多いわりに船しか交通手段がなく、空港からの定期便運航が待ち望まれていますが中々実現しないのも現状。

配布されている空港カードと両津港のカード

そんなわけなので、空港の入口には「空港カード配布中!!」の大きな張り紙があるくらい。一応佐渡空港に「トキエア」という新潟を中心とする航空会社が就航予定なのですが、就航予定は2024年とまだ1年近く先の見込みです。

現状首都圏から佐渡島へ来るには新幹線とフェリーを使用して4時間ほどの所要時間が掛かります。それが1時間くらいで来られるようになると佐渡の観光というのが大きく変わりそうです。気になる運賃はどうなるのかと聞いてみたのですが、大体新幹線+フェリーと同じくらいになるようにと考えていると話していました。

ちなみに新潟空港から佐渡空港へも就航するようですが、空港までの移動と保安検査とかしている間にジェットフォイルが着いてしまうような気がする。

空港の展示が「飛行機を飛ばそう!」ばっかりというのも面白いですが、人口は多いのに定期便が運行されていない空港というレアな状況も来年には無くなるかもしれません。あえて今行ってみるのも面白そうですね。

佐渡空港で空港カードを渡してくれた係の人からは、「次は飛行機で飛んできてね」と言われましたが、本当に来年就航するんでしょうかね?

佐渡汽船に乗って新潟市へ帰還

今回の佐渡島滞在予定は24時間。いつぞやの奄美大島のような感じですが、やっぱり船の所要時間が長いんですよね。ということで新潟市内に戻っていきます。

時間通りにカーシェアを返却して港へ。16時05分発のときわ丸に乗船して新潟港へと戻ります。

スイートルームが割引してるから乗ろうかなと思ったのですが、ときわ丸のはそんなに豪華じゃないよと言われたので結局2等客席。行きに乗っておくのが正しかったようです。

結局晴れ間を見ることはできなかった佐渡島滞在。次回来るときには晴れ間があれば良いな。

ときわ丸の船内案内です。5階建ての大きな船ですが、1階と2階は車両置き場なので旅客が自由に立ち入れるのは3階より上。今何階だっけとちょっと迷ってしまいます。

ときわ丸には2等にもイス座席がありました。若干背もたれがリクライニングになっていて、過ごしやすく工夫されています。

奥に進むとイベントホールと多くのイスとテーブル。ステージもあるので、何かミュージシャンを読んでイベントとかを行うことがあるのでしょうか?なお自由席として利用することも可能です。

アイスやコーヒー、ソフトドリンクの自動販売機です。値段は変に高いことも無く良心的。

おけさ丸に比べると小さ目なゲームコーナー。メダルゲームとUFOキャッチャーが用意されています。

飲食店。ラーメンやどんぶりなどの他、パンなどの軽食も販売しています。お値段はそこまで高くありません。

出港前には「銅鑼」の実演と実際に叩く体験を行うことができます。なかなか叩く機会もないと思うので、佐渡汽船に乗船したらぜひ体験してほしい。

カモメに見送られながらの出港。フェリーで行くとなんだかお別れという雰囲気を強く感じます。

少し進むとおけさ灯台が見えてきました。天気が晴れていたら空の青と灯台の赤のコントラストがきれいだったんだろうな。

最上階は展望デッキになっています。曇り空だけども雨は降ってないので海を眺めにやってきました。

船が出港すると見送りのようにカモメがたくさん飛んでくるのですが、いつの間にか展望デッキがカモメだらけに。結構近寄っても逃げないというか、ぶつかりそうになってくるからちょっと怖い。

船に揺られること2時間半で新潟港に到着。ここからはバ……いや歩くか。

新潟駅前にもある大きな「NIIGATA」のモニュメント。佐渡汽船のフェリー乗り場から少し歩いた場所にもありました。なんか祭りをやっているらしく、浴衣姿の人を何人か見かけました。

15分ほど歩いて市街地に到着。バスに乗らなかったのは近いのもあるのですが、途中のイオンとかに寄り道したかったからなんですよね。空には夕焼けが映り、明日の天気はようやく回復しそうです。

新潟駅南口にあるホテル「ホテルターミナルイン」に宿泊

今晩は新潟市内で1泊。以前に比べると全体的に値段が上がってきた新潟市内ですが、それでも朝食付きで5,700円という値段だった「ホテルターミナルイン」に宿泊することに。

比較的安価な宿ですが、立地は新潟駅の南口から徒歩数分という好立地。高架化によって万代口と南口が容易に移動できるようになったこともあって行きやすくなりました。

ここのホテルは抗酸化陶板浴の施設も付いています。大浴場ではないけど、通常2,000円の入浴料が宿泊者には無料で提供。でも入ってる時間はあんまりなさそうです。

ロビーはソファなどがある他、ウェルカムコーヒーやアメニティバーがありました。アメニティバーには入浴剤なども用意されており、バスタイムに楽しめそうです。

自動販売機やコインランドリー、電子レンジや製氷機は館内に設備が備わっています。特に製氷機があるのは個人的には嬉しいです。

部屋用のナイトウェア。室内備え付けではなく、必要な人はエレベーター前から持っていくシステムでした。まあ使わない人も居るし、これで良いんだと思います。

朝食の案内とホテルのサービスメニューです。朝食は付きのプランにしているので、明日の朝を楽しみにしておきましょう。お米はもちろんコシヒカリらしい。

部屋です。今回はシングルルームだったのですが、1人で過ごすならまあこれくらいあれば十分という部屋の広さでした。ベッドがダブルではなくシングルサイズなので、若干横幅が狭く感じるかもしれませんね。

テレビはテーブルではなくベッドの上に設置されています。寝ながら見るなら好都合な場所かも

テーブルはそこそこの大きさ。パソコン用のLANポートの他、コンセントには小さなOAタップも用意されているのが嬉しい配慮です。こういうOAタップを旅行用に用意しておくのも良いかもなぁ。

冷蔵庫。コンセントが挿しこまれてないので、先ほどの机の上にあるコンセントに挿しこんで利用します。温度調整ができて結構冷えてくれました。

クローゼット?というか収納スペース。ハンガーや消臭スプレーが用意されています。

バスルームです。ビジネスホテルで良くある一体型のユニットバスとなっていました。シャワーは穴が小さくてあんまり優しいお湯という感じじゃなかったのが残念だけど、水圧が弱いよりはこっちのが良いです。タオルはフェイスタオルとバスタオルが用意されていました。

客室内で夕食。イオンで買って来た半額の天丼(250円くらい)とウェルカムコーヒーです。ちょうど行ったときに半額になったので良いタイミングでしたね。

明日は新潟を車で巡る計画

明日はまたカーシェアを6時間予約しています。特にここに行きたいと考えているわけでもないのですが、新津にある温泉とか鉄道博物館に行けたらいいなと考えています。他にも天気が良ければ海とか見られる展望台にでも行けたらいいな……。

新津鉄道博物館と石油の匂い漂う新津温泉を堪能してきた│初の佐渡島へ行く2泊3日旅行:3日目
最終日はようやく晴れたけど、佐渡島で晴れてほしかった。

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